徒然 : 某人の18日の日記に触れて

某、TK?さんの1月18日の日記と、そこに書かれていたコメントに目を
通したときに、7年10ヶ月近く前、自分のHPに掲載した日記を思い出しました。



てことで……

以下、極力編集せずそのまま抜粋 (自分の記事だし、いいかw



~ここから抜粋記事~

1998/4/9
近年の青少年の犯罪について思うこと





うっ……。
冒頭からいきなりテーマが重いな……。
いや、いいんだ。更新日誌で断わったように、徒然に書くために新設したコーナーだから。



さて、なーにが「~について思うこと」かといえば、“ナイフ”ですよ、“ ナイフ”。
増えましたよね、子供がブンブン振り回して他人を怪我以上の目に遭わせる事件。

なぜでしょう?
その答えが、いつぞやの朝日新聞だったか、毎日新聞だったかに書いていました。

最近の世代の子供が、“ナイフ”が何なのかを理解してないからです。
ナイフとは、いったい何をするための物でしょう?
人を傷つけるため?
ノンノン!

ナイフは生活に根ざした道具なんですね。
リンゴの皮を剥いたり、鉛筆を削ったり、簡単な工具として利用したり……。

でも、今の世代の子供たちは、

ナイフ”=“人を傷つける武器”

として連想してしまう。
ゲームの世界では至極当然のように、そういった定義付けがなされていますね。
子供たちが“武器”として想像してしまうのは、 ナイフに接する機会があまりにも
ないためです。

ナイフが名産のある県があります。どこか忘れました(^^;)。
と……とりあえず、そこのある小学校の話です。

先生が、授業中に突然、ナイフを取り出しました。
そしてどう思うか尋ねました。



「先生がそんなことするの、危ないと思う」
と思う生徒たち。
なぜ危ないのか?
前述した通り、子供たちの頭の中では、“ナイフ”=“武器or凶器”だからです。
先生は黒板にチョークで書きます。

ナイフ≠凶器
人を傷付ける心=凶器
ナイフ≠人を傷付ける
ナイフ=道具

つまり、人を傷付けようとする、その“”が凶器なわけで、
ナイフは日常生活で使う道具なのです。

後日、授業で“生活に根ざしたナイフ”作りが始まります。
刃の部分から取っ手まで手作りのナイフ作りです。

先生は注意を促します。
「それは人を傷付けるための物であって、生活に役立つものではない」
その子供はバタフライorサバイバルナイフを作ろうとしていました。
「ゲームとかで見て、カッコいいから」だそうです。

作っている途中、あやまって指を怪我してしまう子供がいます。

「どうや?痛いやろ?刺されるともっと痛いんや。ほら保健室に行きなさい」

子供たちはいつしか、ナイフを他人に向けないよう、お互いに注意し合うように
なっていました。
そういったことを通して子供たちは、

ナイフ≠凶器”を実体験し、
“人を傷付ける=凶器”

をも感じ取ったわけです。

結局は、“”が問題なのですね。
TYakkの尊敬する人物の、こんな言葉があります
”こそ大切なれ

この問題に限らず、様々な問題を、“規制”によって制限しようという風潮があります。
ですが、所詮、規制などには限界があります。
「規則は破られるためにある」なーんてひねくれたことを言う輩もいます。
結局は、他人を思いやる“”の欠如が、最近のような事件を引き起こすわけです。

それを防ぐには、上記の先生のように、“”に問い掛け、
心の眼”を開かせる作業が必要なのではないでしょうか。



……ぐはぁっ!
重いっ!重すぎるぅぅっ!
息が詰まりそうな内容でしたね、我ながら。
でも、TYakkは朝日だったか毎日だったか、その記事を読んだ時、えらく感心しました。

「それそれ、それなんだよ!」
と、心の中で肯きながら。



~抜粋ここまで~



うーん。
昔はピュアだねぇ、自分w

でもやっぱり善を成すのも悪を成すのも心。
心のありかたが大切なんでしょう。



(by TYakk)
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インターネット広告の「トランスメディア」提供スキンアイコン by dincb_temproll | 2006-01-24 23:26 |  ■徒然

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